亡夫との旅をしのぶ 2 [7日間のカウボ-イツア-] - 기행문 [紀行文]
初日: 息子と娘が用意してくれた私の還曆記念米國旅行,
私達夫婦は, 子供育てた甲斐有ったと,まんざらでもない顔して空港へ向った.
パッケ-ジ旅行は一行に惠まれるのが一番大事なこと, 手續きの間, そっと周りを
うかがってみたが, まあその点は大丈夫のようだ.
長い飛行に耐えられず, いらいらすること數時間, 漸くロスアンジェルス空港へ着いて
ほっとする. 巨大な米國の土地に一步を踏みいれた瞬間の感激! しかし空港の,
ただっ廣いだけの, みすぼらしさに私の感激は半滅した.
ありふれた觀光コ-ス, ハリウッド, コリアタウン, ウェストウッド, ビバリヒルズ,
グリフィズ天文臺等を驅け足で廻る. ハリウッドスタ-の手や足のスタンプが竝ぶ
町角で, ハリソンフォ-ドの手スタンプに私の手を載せた時は, ほんとに感無量だった.
二日目: ラスベガスに向って終日バスに搖られねばならぬ辛さ.
バスの中で, 一人一人自己紹介と簡單なあいさつを述べ, 中には, 歌を唄う人も居て
結構盛りあがる.
バストウ(Barstow)で晝食を取った後, またモハビ砂漠を走る. 砂漠と言えども,
仙人掌(ジョシュアといったかな?)や, 野草等が育つ, グリ-ンデザ-ト(Green desert)
である. ファ-マ-ズマ-ケット(Farmer's market)でちょっと休憩する間,
すばやくレ-スの付いた可愛いいソックスを娘のみやげに3束買った.
(ラスベガスの話は 'ラスベガスでの出來事'にすでに書いたので省略)
三日目: フ-バ-大統領が, 經濟不況と鬪いつつ, コロラド江の氾濫を防ぐ爲造ったと
言う, フ-バ-ダムを觀た後, グランドキャニオンへ.
ウィリアムズと言う名の小さな町で, 米國に到着して初めて洋式晝食を取った.
ショッピングコ-ナ-で蒐集する鍾を二つ求めた.
グランドキャニオンは'すごい'の一語に盡きる. 死ぬ前にこんな秘境を眺められた事に
ただただ感激するのみ. オブションで觀た, アイマックス.グランドキャニオンは,
息がつまるほどのビュ-だった.
やがて私達はラフリン(Laughlin)という所の, コロラ-ド江邊ホテルにチェックインした.
四日目: バスの窓越しに砂漠のオアシスや, 太陽熱發電硏究所等を眺めているうち,
'ゴ-ストタウン(Ghost-town)'と言うあだなを持つ, カリコ(Calico)銀鑛村へ着いた.
閉鎖された銀鑛村を, 西部開拓時代の小さな村に造り替えた觀光名所で,
暖かい陽ざしを浴びながら, あちこちをのぞいていると, まるで西部活劇のエキストラに
なったような氣がした. 今日はプレズノ泊り, 夕方, オカシナ婆に出會う.
('プレズノでの出來事')
五日目: 朝早く起床, 6時半ホテル出發, まったく超强行軍だ.
ヨセミティ公園で新鮮な空氣を吸いながら森林浴だ. セコイという巨木がぎっしり
詰っている森は爽やかさを乘り越え, 全身がしびれそうだ.
3段を成してこぼれ落ちる瀑, 世界で最も大きいと言われる巨巖, くねくねと擴がる
大自然の雄大さ, 智異山ぐらいでは立ち向かえそうもないスケ-ルだ.
ラ-ストコ-スであるサンフランシスコへ向う.
(この日の話は改めて 'サンフランシスコでの出來事'として書く豫定)
ホテルに着いたとたん私は伸びてしまった. 二時間ほど死んだように眠った後,
シャワ-をあび, 最後の夜を祝うため一階のバ-へ下りて行った.
隅の方に席を取り, 二人でビ-ルを飮んでいると, ガイドとドライバ-がやって來た.
彼等と一緖になった私達は, 色んな面白可笑しいエピソ-トを語り合いながら,
更け行く異國に溶けこんだ.
ラ-ストデ-: もう歸る事だけしか殘ってない. 旅立って初めて,ゆったりとくつろぐ.
あっというまの六日間だった. たとえ束の間の期間であっても, 私は
數多くを目にし, 學び, また羨やましがったようだ.
ベッドの上でトランクを開けると, にわかに家が戀しくなり, 子供達の顔が浮んだ.
私は主人を急き立てながら, せっせと荷物をまとめ始めた. - おわり -
[旅行社の月刊誌に記載-1994]
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